和歌と俳句

帰る雁

一葉
鳴つれてこし路へかへる雁ならんおぼろ月夜にこゑのきこゆる

一葉
なきつれてかへる雁がねきこゆなりわが古さとの花も咲くらむ

一葉
故郷にかへる心やいそぐらん友も待ちあへぬ春のかりがね

一葉
のどかなるとこ世の春にかへるらん雲路に消ゆる天つかりがね

松前の雪が見えるか帰る雁 子規

椽端に見送る雁の名残哉 子規

去年今年大きうなりて帰る雁 漱石

一群や北能州へ帰る雁 漱石

連立て帰うと雁皆去りぬ 漱石

大風の凪ぎし夜鳴くは帰雁かな 碧梧桐

蒙古風に船出ずといふや雁帰る 橙黄子

岬黒み来し風前の帰雁かな 亞浪

洒落のめすことはも淋し雁帰る 万太郎

茂吉
焼けあとに新しき家たちがたし遠空をむれてかへるかりがね

ゆく雁やふたゝび声すはろけくも 爽雨

安達太良は北の雄嶺ぞ帰る雁 悌二郎

屋根石の苔土掃くや帰る雁 犀星

大学生おほかた貧し雁帰る 草田男

一本の枯木がくれの帰雁かな 虚子

歸る雁幽かなるかな小手かざす 虚子

富士のはだをすれずれのぼり帰雁かな 石鼎

富士の肌にしばしそひしが帰雁かな 石鼎

曙の富士をねぎらひ帰る雁 石鼎

二方よりたちて帰雁や雨の中 石鼎

帰る雁夕日にむいて立ちてゐる 石鼎

みちのくはわがふるさとよ帰る雁 青邨

美しき帰雁の空も束の間に 立子

行く雁やまたしても建つビルディング 万太郎

おのづから花圃にある日や帰る雁 汀女

雁北に秩父は雲の中なるや 麦南

酪農に雁ゆく夜空曇りけり 麦南

雁帰る卒然明き六区の灯 友二

雁帰る町に生徒とみやげ選る 林火

放鳩やうすうす帰る雁の列 波郷