和歌と俳句

原 石鼎

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谷ぐくのひと声あとのしじまかな

谷ぐくや夕たぎつ瀬はありながら

谷ぐくの日ねもす啼いてお中日

おほぞらへ雁おき春の女神かな

富士のはだをすれずれのぼり帰雁かな

富士の肌にしばしそひしが帰雁かな

曙の富士をねぎらひ帰る雁

二方よりたちて帰雁や雨の中

この浦に一度は集りて帰雁かな

帰る雁夕日にむいて立ちてゐる

木瓜は朱に桃紅ゐに春の雁

春雁やつちくれ踏んであらすき田

蕾来し木瓜の蔭より帰雁かな

木瓜の根に蛙さめしと雁帰る

小雨して雁のなごりや犂に

暁こむる雁の名残と野良着かな

朝男等は雁の名残と知らで鋤く

いちさきにたつ雁海にまぎれつつ

番雁のしきりに啼いて去ぬ日かな

残雁は嘴へり黒くなきたつる

つぎつぎにたつ雁海とすれずれに

番雁は去ぬときも遅れたちにけり

おほ空へしづ心なく春の雁

巌の上に眠るもありぬ春の雁

春の雁天の一方を見つめゐる