麦刈れる 人に貰ひて 麦の穂を ひとつ持ちたり この美しき
麦の穂も 熟れぬ葉かげに 表れて うれつくしたる 枇杷の実の色よ
立ちよりて わが驚きぬ 若竹の 葉末は露の 玉ばかりなる
暁を 早く眼ざめて 起き出でつ 夏にのみ知る わびしさのあり
いたづらに 燃えわたりたる かぎろひの 浜かぎろひの はてをゆく子よ
たちさげば さと匂ひたち 部屋のうち 静けき昼の 西瓜なりけり
冷やけき にほひなるかも うこん色の 西瓜の実より したたる匂
あけくれの たべものまづき 夏の日は 西瓜のつゆを 吸ひて生くべき
浜人の 群れて曳く網 長ければ 浜の朝闇 明けはなれたる
手繰網 たづりて曳きて 得し魚は 皿ひとさらの 美しき雑魚
松荒き この松原に すひかづら ひとり匂ひて 咲きにけるかも
松原に いつ生ひにけむ ひともとの アカシヤ生ひて 花咲けり見ゆ
梅雨曇 くもりのなかに 並みたてる 老木の松は 黒き黒松
楝の木 うすむらさきの 花のかげに 美しき鵙が とまりをるなり
軒さきの 竹にとまれる 鵙の子が われを見てをる 美しきかな
墨色に 曇りはてたる 天城嶺の 峰に居る雲は 深き笠なせり
笠なして 天城のみねに をる雲は 春くれがたの 真白妙の雲