和歌と俳句

若山牧水

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元日の 明けやらぬ部屋に 燈火つけ ただに坐りゐて 心つつまし

元日の 明の静けさ 聞ゆるは 家の裏なる 浜の白浪

部屋出でて たち迎ふれば 真ひがしの 箱根の山ゆ 昇る初日子

ふと見れば 時計とまりをり 元日の あかつきにして 見れば可笑しき

濡縁の 狭きに立ちて をろがむよ わが四十三の けふの初日を

初日の出 待ちつつあふぐ 山の端に こはかすかなる 有明の月

わが家は 松原の蔭 松に棲む 鴉なき出でて けふは元日

森なかを わが過ぎゆけば まなかひに 小鳥まひかはし けふは元日

かすかにも さゆらげる葉に 日ざし透れり 冬の瑞葉の 美しきかな

茂りあひて かたみに木々が 落したる 木洩日匂ふ けふは元日

七草の なづなすずしろ たたく音 高く起れり 七草けふは

めでたさの 祝ひてたける 御国振 七草粥を いただきてたぶ

七草の 粥は真白し 七草の ななくさなづな 青し七草

ふるさとの 日向の山の 荒渓の 流清うして 多く棲みき

鮎つりの 父が憩ふは 長き瀬の なかばの岸の 榎の蔭なりき

幼き日 釣りにし鮎の うつり香を いまてのひらに 思ひ出でつも

山の蔭 日暮早かる 谷の瀬に 鮎子ようく釣れ 釣り飽かざりき

釣り暮し 帰れば母に 叱られき 叱れる母に 渡しき鮎を