和歌と俳句

藤原定家

関白左大臣家百首

氷ゐておき中河のたえしよりかよひしにほのあとを見ぬかな

瀬だえしてみなわわかるる涙川底もあらはに氷とぢつつ

冬の夜の長き限りはしられにきねなくにあくる袖のつららに

袖のうへ渡るを川をとぢはてて空吹く風もこほる月かげ

氷のみむすぶさ山のいけ水にみくりもはるのくるをまつらし

おいらくはのうちにぞ思ひしるとふ人もなく行く人もなし

いたづらに松のこそ積るらめ我が踏み分けしあけぼのの山

いそのかみふる野は雪の名なりけりつもる日数を空に任せて

夢かとも里の名のみや残るらむもあとなき小野の浅茅生

たればかり山路をわけてとひくらむまだ夜は深きの景色に

くちなしの色やちしほこひそめし下のおもひやいはではてなむ

みずくきの人づてならぬ跡にだにおもふこころはかきもながさず

うへしげるかきねがくれの小笹原しられぬ恋はうきふしもなし

白露のおくとはなげくとばかりも夢のただちやことかよふらむ

こと浦にこるやしほ木の名に立てよ燃えて隠れぬ烟なりとも

よりかけてまだ手に馴れぬ玉の緒の片糸ながら絶えや果てなむ

夜な夜なの月も涙にくもりにきかげだに見せぬ人を恋ふとて

名取川こころのとはむ言の葉もしらぬ逢ふ瀬は渡りかねつつ

あまの苅るよそのみるめをうらみにて夜は袂にかかる波かは

我が恋よ何にかかれるいのちとてあはぬ月日の空に過ぐらむ