こぞの春 枝に手折りし 藤の花 衣にきむと 思ひけむやは
ふるさとの こずゑの紅葉 散りはてて おのがちりぢり なるぞかなしき
春日野の 野守と身をも なしてしが 待つらむ春を わがものとみむ
うきことも やまみち知らず たづねこし われみくまのに 入りやしなまし
心だに ながらのはしは ながらへむ わが身に人は たとへざるべく
わが恋は なにはのあしの うらなれや 波のよるよる そよとききつる
なにはえて 藻塩のみたく 須磨の浦に たえぬおもひを 人知るらめや
うちつけに なぎさの丘の 松風を 空にも波の たつかとぞきく
佐保山の ははその紅葉 散りにけり 恋ひしき人を 待つとせしまに
わが恋は なぐさめかねつ 駿河なる 田子の浦波 やむときもなく
ゆけどきぬ くれどとまらぬ 旅人は ただしかすがの わたりなりけり
年を経て 君に心を つくまやま 峰は雲居に おもひやるかな
むかしより なに降りつめる 白山の くもゐの雪は 消ゆるまもなし
ながきよに 君とふたごの 山のねは 明くとも知らぬ 朝霧ぞ立つ
行く年の 越えては過ぐる 吉野山 幾よろづ代の つもりなるらむ
花かつみ かつみる人の 心さへ あさかの沼に なるぞわびしき
名こそ世に なこその関は ゆきかふと 人も咎めぬ 名のみなりけり
ほのぼのと ありあけの月の 月影に 紅葉ふきおろす やまおろしの風
色も香も まつわがやどの 梅をこそ 心しられむ 人は見に来め
降る雪の したに匂へる 梅の花 しのびに春の 色ぞ見えける