さくら花 きのふの山を たづぬれば 折られけりな おのが色ゆゑ
吉野山 花さきぬれば 雪ふりて をのへは猶ぞ 冬ごもりせる
谷深み 花のあたりの うれしきは 知られぬ松も ひとめ見てけり
けふもなほ 思ひわづらふ 舟出かな 泊は花の なからましかば
御狩する 野辺の霞の 絶え間より まだらに見ゆる 犬桜かな
さくら花 風をなこその 関ならば 散るをもなどか とどめざるべき
さくら散る 磯辺にあさる あま人は 花をかづくと 見ゆるなりけり
秋のみと 思ひしかども くれなゐに 花も八しほの 丘とこそみれ
鶚ゐる 与謝の浦わに 風吹けば さくらかひよる 春のあけぼの
水上に 花咲きぬれば 布引の 滝の白糸 嵩まさるらし
さしかはす 木々のしげみを かきわけて まぎれず匂ふ 花桜かな
さのの池 岸の桜に 風吹きて 春は玉藻も 花咲きにけり
やまがつの 竹のす垣の 苑の内に あたらしくても たてる桜か
さくらあさの 生ふとぞ見ゆる しづのやの そともの庭の 花のちりかを
やまうちの みぞきはに植ゑし 桜花 かきをきしりて 咲きにけるかな
岩橋の 花のひかりを しらむとて 明けぬにかへる 葛城の神
遠の里 垣根にさらす 白布と 見ゆるは花の こずゑなりけり
よそながら 春はひとめの しげきかな ならひのやどの 花の盛りは
花を見て 暮るる空も 知らぬには 入相の鐘ぞ しるしなりける