春といへば 吉野の山の 朝霞 年をもこめて はや立ちにけり
もかり舟 漕ぎ出でて見れば 越の海の 霞に消ゆる 与謝の松原
われもいま しのばむやどに 梅うゑし まだ見ぬ花の おもかげにたつ
おもひやる 心やかねて ながむらむ まだ見ぬ花の おもかげにたつ
春くれば 不破の関守 いとまあれや 往き来の人を 花にまかせて
吉野川 しがらみかけて さくら咲く 妹背の山の あらしをぞ待つ
春しあれば 今年も花は 咲きにけり 散るを惜しみし 人はいづらは
春風に 雲のしがらみ むら消えて 高嶺をあらふ 花の白波
たちどまれ 野辺のかすみに 言問はむ おのれは知るや 春のゆくへを
やまがつの かきほに咲ける 卯の花の たをる人をぞ 惜しむとはみる
照る月の 影をかつらの 枝ながら 折るここちする 夜半の卯の花
ほととぎす 初音ききつる 名残には しばしものこそ いはれざりけれ
ほととぎす 鳴くひとこゑや 榊とる 枝にとまらぬ たむけなるらむ
五月雨の 日数つもれば 白菅の 葉末をうづむ 井手の浮草
蘆の葉に すだく螢の ほのぼのと たどりぞわぶる 真野の浮橋
蚊遣火の 消えゆくみるぞ あはれなる 我が下もえよ 果てはいかにぞ
いしゐつつ むすぶ雫の さざなみに うつるともなき 夕づくよかな
水むすぶ 楢のはかげに 風吹けば おぼめく秋ぞ 深くなりゆく