和歌と俳句

鴨長明

する墨を もときかほにも 洗ふかな かくかひなしと 涙もや知る

みてもいとへ 何か涙を はぢもせむ これぞ恋てふ 心憂きもの

今よりは こりぬや心 思ひ知れ さるぞや知らぬ 人にうつるは

しのばむと 思ひしものを 夕暮の 風のけしきに つひにまけぬる

ともかくも えこそ言はれね 松が上に こたかく巣立つ 鶴の子なれば

津の国の こやのあしてぞ しどろなる なにわさしたる あまのすまひぞ

かりにきて 見るだにたへぬ 山里に 誰つれづれと 明け暮らすらむ

そむくべき 憂き世にまよふ 心かな 子を思ふみちは あはれなりけり

奥山の まさきの蔓 くりかへし ゆふともたえじ たへぬ嘆きは

あれば厭ふ 背けば慕ふ 数ならぬ 身と心との なかぞゆかしき

心にも あらでなにぞの ふるかひは よししづの身よ 消え果てねただ

なにごとを 憂しといふらむ おほかたの 世のならひこそ きかまほしけれ

うきなから 杉野のきぎす 声たてて さをとるばかり ものをこそ思へ

霜うづむ 枯野によわる 蟲の音の こはいつまでか よにきこゆべき

世は捨てつ 身はなきものに なしはてつ 何をうらむる 誰が嘆きぞも

憂き身をば いかにせむとて 惜しむぞと 人にかはりて 心をぞとふ

花ゆゑに 通ひしものを 吉野山 心細くも おもひたつかな

あはれとも あたにいふべき 嘆きかと 思ふか人の 知らずかほなる

すみわびぬ いささは越えむ しでの山 さてだにおやの あとをふむべく

すみわびて 急ぎな越えそ しでの山 この世におやの あともこそふめ

なさけあらば われ惑はすな 君のみぞ おやのあとふむ 道は知るらむ

思ひ出でて しのぶも憂しや いにしへを さは束の間に 忘るべき身か

絶えず散る 花もありけり ふるさとの 梅も桜も 憂しやひととき

白雲に 消えぬばかりぞ 夢の世を かりとなくねは おのれのみかは

朝夕に 似しぞ昔と 思へども 月まつ程は えこそむかはね

新古今集・恋
ながめても あはれと思へ おほかたの 空だにかなし 秋の夕暮

新古今集・雑歌
よもすがら ひとりみ山の まきの葉に くもるもすめる 有明の月

新古今集・雑歌
見ればまづ いとど涙ぞ もろかづら いかに契りて かけ離れけむ