あるじはと人もし問はば軒の松あらしといひて吹かへしてよ
かきよせて拾ふもうれし世の中の塵はまじらぬ庭の松葉
妹と寝るとこよ離れて此あさけ鳴て来つらむ初かりの声
旅ごろもうべこそさゆれ乗る駒の鞍の高嶺にみ雪つもれり
汐ならで朝なゆふなに汲む水も辛き世なりと濡らす袖かな
のどかなる花見車のあゆみにもおくれて残る夕日かげかな
あらゝかにとがむる人のこゝろにも似ぬはせき屋のさくらなりけり
敏鎌とりかりしかるかや葺そへて聞ばや庵のあきの夜の雨
川岸の崩れにかゝるきつねばし葦の茂みに見えかくれする
捨られて身は木がくれにすむ月の影さへうとき椎がもとかな
きのふまで吾衣手にとりすがり父よ父よといひてしものを
春雨のもるにまかせてすむ菴は壁うがたるゝおそれげもなし
髪しろくなりても親のある人もおほかるのをわれは親なし
吉能川春のなぎさに糸たれて花に鰭ふる魚をつるかな
春風にころも吹かせて玉しまや此川上にひとりあゆつる
山ざとのかけひの竹をゆく水もよをばもれてはながれざりけり
やまぶきのみのひとつだに無き宿はかさも二つはもたぬなりけり
はふ児にてわかれまつりし身のうさは面だに母を知らぬなりけり
夕煙今日はけふのみたてゝおけ明日の薪はあす採りてこむ
紅藍に水を纈りてあすは川神代もきかぬ桃さきにけり
うつふしに多くの植女立ならび笠もたもとも泥にさし入る
物ごとに清めつくして神習国風しるき春は来にけり
春かけて門田面に群れし雁一つも見えずなる日さびしも
うめの花匂ひ起さぬかたもなし東風ふきわたる春の神垣
たをやめの袖ふきかへす夕風に湯の香つたふる山中の里