和歌と俳句

橘曙覧

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日ごろ来る我をば知りて秋の山鹿も袂に角たれてよる

艸まくらつかれて寐たる宇都の山うつ雨くるし菅の古がさ

津国のこやとかたみに呼かはし鳴かはすらむ池の鴛鴦

かはらけの酒にも山のさくらにも散るといふことをいとふ木の本

あらたむる衣ひとつもなつこだち若葉に慙る旅すがたかな

初雪のふりなつかしく見なされむをりをはたさぬ冬枯の庭

かすが山ふもとの芝生踏ありくしかのどかなる神やしろかな

窓くらくにはかに成て在明の月をよこぎる村しぐれかな

風ふけばかよりかくよりまろび落る露もなまめく雨の若竹

倒れたる薄くゞりて行く水の末もさびしき野辺の冬がれ

つゞりさせいつまで呼て此虫は寝ること知らに夜を明すらむ

少女子が妹背の道のうひまなびつきづきしくもならべもてゆく

暑き日によれし草葉も朝露のひるま忘れて起かへりつゝ

日たけても檜杉のおくの檜皮ぶき枝うつりしてふくろふの来る

ことの海しらべ調ふうら波ににほひあひたる朝日かげかな

朝ゆふの風も木芽の春の香にうちふく頃となりにける哉

蟻よりもちひさく見えて行人をながめゝぐらす七めぐりかな

ちはやふる神の御まへに匂ひあひて斎垣桜咲ぞ出にける

胸わけに分なやみ来るかち人に矢田野の雪の高さをぞ知る

牛の鼻すがたをかしき岩角を夜目にも見せて続く漁火

峰のはな咲出る見れば梢にも立つゞかれぬしら雲のいろ

陽炎のもゆる岡辺につくる屋のかどの青柳かぜに枝ふる

打のぼる佐保路のやなぎ靡く見て吹らむ風に心つくかな

露をだにゆりはこぼさぬ春かぜを小枝にもちてなびく青柳

うち振ふはねも心のすゝむにはおくるといひてひばり鳴らむ