朝まだき ゆるけき風の けしきにて 春たちきぬと しられぬるかな
たまははき 春のはつねに たをりもち 玉の緒ながく さかゆべらなり
ほそかはの いはまのつらら とぢながら はなぞの山の みねぞかすめる
冬すみし 古巣は雪に うづもれて 谷のうぐひす 春と告ぐなり
春日野の ゆきげの沢に 袖たれて 君がためにと 小芹をぞつむ
くれなゐに 八重さく梅に ふる雪は 花の上着と みゆるなりけり
あさみどり 春のすがたに さほひめは しだり柳の かつらしてけり
ふりつみし 雪のしたくさ いつしかと やくと見しまに 萌ゆる早蕨
千載集
花の散る このしたかげは おのづから そめぬ桜の 衣をぞ着る
冬草と みえし春野の をざさはら 弥生の雨に ふかみどりなる
をがさはら すぐろに焼くる 下草に なづまずあるる つるふちの駒
いかなれば 草の枕に ゆきかへる かりのやどりに とまるこころぞ
つねよりも をはつせやまの よぶこ鳥 こゑむつましく きこゆなるかな
谷水を 堰くみなぐちに いくし立て いほしろ小田に 種まきてけり
雲雀あがる とぶひの原に われひとり 野もせに咲ける すみれをぞ摘む
鳰鳥の かづく池辺の かきつばた これこそ夏の へだてなりけれ
むらさきの しきなみ寄ると 見ゆるまで 田子の浦藤 花咲きにけり
かはづなく 真野の池辺を 見渡せば 岸の山吹 八重咲きにけり
つかのまも とまらで行くと 知りながら なほこりずまに 惜しき春かな