新古今集・春
梅の花 あかぬ色香も むかしにて おなじかたみの 春の夜の月
新古今集・春
風かよふ 寝ざめの袖の 花の香に かをるまくらの 春の夜の夢
新古今集・春
恨みずや 憂き世を花の いとひつつ 誘ふ風あらばと 思ひけるをば
新古今集・春
いそのかみ ふるのわさ田を うちかへし 恨みかねたる 春の暮かな
新古今集・夏
折りふしも うつればかへつ 世の中の 人のこころの 花染の袖
新古今集・夏
橘の にほふあたりの うたたねは 夢もむかしの そでの香ぞする
新古今集・秋
おほあらきの もりの木の間を もりかねて 人だのめなる 秋の夜の月
新古今集・秋
ことわりの 秋にはあへぬ 涙かな 月のかつらも かはるひかりに
新古今集・秋
稲葉ふく 風にまかせて 住むいほは 月ぞまことに もりあかしける
新古今集・秋
あくがれて 寝ぬ夜のちりの つもるまで 月にはらはぬ 床のさむしろ
新古今集・秋
吹きまよふ 雲ゐをわたる 初雁の つばさにならす 四方の秋風
新古今集・秋
あだに散る 露のまくらに 臥しわびて 鶉なくなり 床の山かぜ
新古今集・秋
とふ人も あらし吹きそふ 秋は来て 木の葉にうづむ 宿の道しば
新古今集・秋
色かはる 露をば袖に 置き迷ひ うらがれてゆく 野辺の秋かな
新古今集・冬
冴えわびて 覚むる枕に 影見れば 霜ふかき夜の 有明の月
新古今集・冬
霜がれは そことも見えぬ 草の原 たれにとはまし 秋のなごりを
新古今集・冬
へだてゆく 世々の面影 かきくらし 雪とふりぬる 年の暮かな
新古今集・哀傷
いまはさは うき世のさがの 野邊をこそ 露消えはてし 跡としのばめ
新古今集・羇旅
かくてしも 明かせばいくよ 過ぎぬらむ 山路の苔の 露の筵に
新古今集・羇旅
ふるさとも 秋はゆふべを かたみとて 風のみおくる 小野の篠原
新古今集・恋
下もえに 思ひ消えなむ けぶりだに あとなき雲の はてぞ悲しき
新古今集・恋
面影の かすめる月ぞ やどりける 春やむかしの 袖のなみだに
新古今集・恋
ならひ来し 誰がいつはりも まだ知らで 待つとせしまの 庭の蓬生
新古今集・恋
露はらふねざめは秋の昔にて見果てぬ夢にのこるおもかげ
新古今集・恋
ふりにけり時雨は袖に秋かけていひしばかりを待つとせしまに
新古今集・恋
かよひ来しやどの道芝かれがれにあとなき霜のむすぼほれつつ
新古今集・恋
夢ぞとよ 見し面影も 契りしも 忘れずながら うつつならねば
新古今集・雑歌
葛の葉のうらみにかへる夢の世を忘れがたみの野邊の秋風
新古今集・雑歌
惜しむとも なみだに月も 心から 馴れぬる袖に 秋をうらみて
続後撰集・春
咲けば散る 花のうき世と 思ふにも なほ疎まれぬ やまざくらかな
続後撰集・春
ながむれば わが身ひとつの あらぬ世に むかしに似たる 春の夜の月
続後撰集・冬
ふみわけて さらにたづぬる 人もなし 霜に朽ちぬる 庭のもみぢば
続後撰集・釈経
秋風の 峰の白雲 はらはずば ありあけの空に 月をみましや
続後撰集・恋
おもひねの 夢よりほかに 道もなき 心をかよふ まぼろしもがな
続後撰集・恋
はかなしや たのめばこそは ちぎりけめ やがてわかれも しらぬ命に
続後撰集・恋
あふとみて さめにしよりも はかなきは うつつの夢の 名残なりけり
続後撰集・雑歌
なき数に 身もそむく世の ことのはに 残るうき名の またやとまらむ
続後撰集・雑歌
見し人も なきが数そふ 露のよに あらましかばの 秋の夕暮