麓にや峯立つ雲とながむらむ我あけぼのにおはぬ櫻を
山ふかみ人はむかしのやどふりて月より先に軒ぞ傾く
心からきくここちせぬすまひかな閨よりおろすまつかぜのこゑ
瀧の音にあらしふきそふ明方はならはずがほに夢ぞ驚く
うきよりは住みよかりけりとばかりぬ跡なき霜に杉立てる庭
年へぬる宿たちいづるしひがもとより居し石は苔青くして
分けのぼる庵の篠原かりそめに言問ふ袖も露は零つつ
いく年ぞ見し柴の戸は人すまでいはゐの水にしげる萍
我が宿のひかりとしめて分け入れば月影しろしみやまべの秋
かげ絶えてやまもや主はしのぶらむ昔せき入れし水のながれに
山里のかど田吹きこす夕風にかりほの上もにほふ秋萩
立ちかへり山路かなしき夕べかな今はかぎりの宿をもとめて
われぞあらぬ雪は昔に似たれども誰かは訪はむ冬のやま陰
いざさらば尋ねのぼりてせきすゑむただこの上ぞ月の入る岑
おのづから知らぬあるじも残しけり宿守る杉のもとの心は
あらし吹く月のあるじはわれひとり花こそ宿とひとも尋ぬれ