和歌と俳句

藤原定家

韻歌百二十八首

いつしかといづるあさ日をみかさ山けふより春の峯のまつ風

かすみぬる昨日ぞ年はくれ竹の一夜ばかりのあけぼのの空

武蔵野の霞もしらずふる雪にまだ若草のつまや籠れる

こぞもさぞただうたたねの手枕にはかなくかへる春の夜の夢

谷ふかくまだ春しらぬ雪のうちにひとすぢふめる山人のあと

子の日する野邊のかたみに世に残れ植ゑおく庭のけふの姫松

日は遅し心はいさや時わかで春か秋かの入相の鐘

白雲か消えあへぬ雪か春のきて霞みしままのみ吉野の峯

難波潟あけゆく月のほのぼのと霞ぞうかぶ浪のいり江に

深き夜を花と月とにあかしつつよそにぞ消ゆる春のともしび

あれはてて春の色なきふるさとにうらやむ鳥ぞつばさ雙ぶる

風かよふ花のかがみはくもりつつ春をぞわたる庭の矼

散る花にみぎはのほかのかげそひて春しも月は広沢の池

春よただ露のたまゆらながめしてなぐさむ花のいろは移りぬ

朝露のしらぬ玉の緒ありがほに萩うゑおかむ春の籬に

あはれいかに霞も花もなれなれて雲しく谷にかへるうぐひす