和歌と俳句

藤原定家

韻歌百二十八首

面影のひかふるかたにかへりみるみやこの山は月繊くして

いとどしく家路へだつる夕霧にあまの藻鹽火けぶり立ち添ふ

ふるさとの空さへあらぬ心地かな程なき床のをがや葺くのき

旅ごろも袖吹く風や通ふらむ別れて出でし宿の簾に

立ち濡るる日數につけておもなれぬ嶺なる雲も谷の氷も

出でてこし春は冬野にかはるまでもとの契りを猶やたのまむ

荻を編めるこやの仮寝のただひとよ風にまたたく宵のともしび

過ぎ行けど人のこゑする宿もなし入江の浪に月のみぞ澄む

頼むかなその名も知らぬみ山木に知る人えたる松と杉とを

あくるよりふるさととほき旅枕こころぞやがて浦嶋が函

ありつつも待たれしもせぬ岡のかげ一夜の宿にを萱をぞふく

黒かりし我が駒の毛のかはるまで上りぞなづむ嶺の巌に

山を越え海をながむる旅の道もののあはれはをしぞつげたる

もろともにめぐりあひける旅まくら涙ぞそそぐ春のさかづき

人のくに夜はながづきの露霜よ身さへ朽ちにし床のふすまに

来し方も行くさきも見ぬ浪の上の風をたのみにとばすふねの帆