面影のひかふるかたにかへりみるみやこの山は月繊くして
いとどしく家路へだつる夕霧にあまの藻鹽火けぶり立ち添ふ
ふるさとの空さへあらぬ心地かな程なき床のをがや葺くのき
旅ごろも袖吹く風や通ふらむ別れて出でし宿の簾に
立ち濡るる日數につけておもなれぬ嶺なる雲も谷の氷も
出でてこし春は冬野にかはるまでもとの契りを猶やたのまむ
荻を編めるこやの仮寝のただひとよ風にまたたく宵のともしび
過ぎ行けど人のこゑする宿もなし入江の浪に月のみぞ澄む
頼むかなその名も知らぬみ山木に知る人えたる松と杉とを
あくるよりふるさととほき旅枕こころぞやがて浦嶋が函
ありつつも待たれしもせぬ岡のかげ一夜の宿にを萱をぞふく
黒かりし我が駒の毛のかはるまで上りぞなづむ嶺の巌に
山を越え海をながむる旅の道もののあはれはをしぞつげたる
もろともにめぐりあひける旅まくら涙ぞそそぐ春のさかづき
人のくに夜はながづきの露霜よ身さへ朽ちにし床のふすまに
来し方も行くさきも見ぬ浪の上の風をたのみにとばすふねの帆