和歌と俳句

藤原定家

四季題百首

谷の松おのが千歳に春やなき深きみどりの知らぬひとしほ

夏山の松のけぶりに出づる雲の五月雨ながらはるるまもなし

秋の色にみねのあらしのかはるより夢路ゆるさぬ松の聲かな

のこりなくわが黒髪はうづもれぬ霜の後にも松は見えけり

あさみどり木の芽春さめふりみだり薄き霞の衣手の杜

こととはむ聲もをしまぬほととぎす何か浮田の杜の夜毎に

なれなれて下葉のこさずおく露にあはでの杜の秋や悔しき

鳴く鹿もよそのもみぢも尋ね来ずときはの杜の雪の夕ぐれ

春日野の雪のしたくさおのれのみ春の外にやむすびおくらむ

名も分かず岩がき沼にひきすてて五月まつべき草葉ならねば

時しらぬ宿ともさらばなり果てずなに夕ぐれの荻のうはかぜ

わが宿は人目もくさもくさはなほ枯れても立てる心ながさに

花は春春はさくらのゆゑならでこの世の色のたぐひやはある

ふる里のはなたちばなの白妙にむかしのそでは今にほひつつ

白露をもとあらの萩にぬきとめて風たえぬまの月をこそ待て

ふゆごもり年のうちにはさきながら垣根の外に匂ふうめが枝

君が世に萬代めぐれ少女子が連なる庭の十六夜の月

諸人の千年のぶてふみそぎ川ながすあさぢのすゑもはるかに

長月やおいせぬ菊の下水にたまきはる夜はよその白露

あきらけき御代の千歳を祈るとて雲の上人ほしうたふなり