待てといひし その言の葉は かれはてて しげりにけりな 軒のしのぶは
誰にまた ふたよとだにも 笛竹の 節もつづかぬ ねを流すらむ
なつかしき 今ひとこゑを きくやとて たたずむ軒に 小夜更けにけり
あけぬとも かへらぬものと 知らすべく 我やためしに けさはならまし
なかなかに 逢はで来し夜の 袖だにも いつかはかくは ひぢてかへりし
露の命 残り少なく なりぬれば 逢ふにも誰か かへむとすらむ
月ごとの 絶え間をこそは 嘆きしが 今は年にも なりにけるかな
けふけふと いふ言の葉に かかりくる 露の命も のぶる限りぞ
後の世の 煙を知らで これをさは 恋にこがるる 思ふはかなさ
生けるにも あらぬものゆゑ なぞやこは 恋は死にせぬ 病なるらむ
なく涙 露としおかば 真葛はふ あたの大野も 狭くやあらまし
逢ふとみて 覚めぬる床の わりなさに うたたあるものは 夢に知りにき
よそにのみ 荻吹く風は わたらなむ ひとり寝覚めの 床はな過ぎそ
夢にただ 逢はずなりぬる 寝覚めには かへす衣を うらみやはせぬ
あけよとて 叩く門かは かくとだに 知られてこそは たちもかへらめ
よしさらば 君にも今宵 われゆゑの 涙もよほせ 山の端の月
たれとねて 厭ひもすらむ 鳥のねを ひとりぞ我は 待ち明かしつる
はかなしと 夢をもいはじ それをこそ 恋のなぐさの 玉の緒にすれ
千載集・恋
思ひきや 憂かりし夜はの 鳥の音を 待つことにして 明かすべしとは
おもかげは 昔ながらに 身にそひて 我のみ年の 老いにけるかな