和歌と俳句

藤原定家

重奉和早卒百首

うらめしや別れの道にちぎりおきてなべて露おくあかつきの空

草の庵の友とはいつかききなさむ心のうちに松風のこゑ

ときわかぬ籬のたけの色にしも秋のあはれの深く見ゆらむ

なれこしは昨日と思ふ人のあとも苔ふみわけて道たどるなり

人とはでみぎりあれにし庭の面にきくも寂しきつるのひとこゑ

いかにせむそれも憂き世と厭ひては吉野の山のなき身なりけり

色はみな空しきものをたつた川もみぢ流るるあきもひととき

何となく見るよりものの悲しきは野中の庵のゆふぐれのそら

とまびさしもののあはれの関すゑて涙はとめぬ須磨のうら風

夜をこめて朝たつ霧のひまひまにたえだえ見ゆる勢田の長橋

待ちえたる日よりを道のたのみにてはるかに出づる波の上かな

露しげきさよの中山なかなかに忘れて過ぐるみやこともがな

暮れて行く春の霞をなほこめてへだつるをちに立ちや別れむ

家居してまだかばかりもしらざりきみ山のさとの木枯しのこゑ

おきふしに音ぞなかれける霜さゆる刈田の庵の鴫のはねがき

心うしこひしかなしとしのぶとてふたたび見ゆる昔なき世よ

うたたねに草ひきむすぶこともなしはかなの春のゆめの枕や

いつ我も筆のすさびはとまりゐてまたなき人の跡といはれむ

惜しまれぬ憂さにたへたる身ならずばあはれ過ぎにし昔がたりを

天つそら月日のかげもしづかにてちよは雲井に君ぞかぞへむ