おおぞらの月こそ残れ住み馴れし人のかげみぬ軒の草葉に
秋風はもみぢを苔に吹きしけどいかなる色とものぞかなしき
なほざりにさしし柳の一枝や光こだかき夕暮の色
面影はただ目の前の夢ながら帰らぬ昔あはれ幾年
人しのぶ老の涙の玉づさを形見と見ればいとどふりつつ
わがやどの砌にたてる松の風それよりほかはうちもまぎれず
あしびきの山路にはあらずつれづれとわが身世にふる眺めせしさと
爪木こる宿ともなしに住みはつるおのが心ぞ身をかくしける
世の憂さも離れて落つる滝の音に心の底も今ぞ澄みぬる
あくがるる心ひとつぞさしこめぬ眞木の板戸の明け暮るる空
里近きすみかをわきてしたはねど仕ふるみちを厭ふともなし
夕まぐれ竹の端山にかくろへてひとりやすらふ庭の松風
あらはれてうき世隔つる色やこれ山路に深き苔のさごろも
なげかれず思ふこころよ背かねば宮も藁屋もおのが様々
人とはぬ月と花とに明けくれて都ともなし年々の空
心からつつむも袖のよそなればくたすばかりのものも思はず
さりともと待ちこし程はすぎの戸に積もれば人の月ぞふりゆく
うぐひすの古巣は更にかすめども憂き老らくのかへる日ぞなき
いとまなき海士の釣縄うちはへて浮きも沈みもあはれ世の中
おほかたの憂き世に長き夢の内も恋しき人を見てはたのまる