和歌と俳句

紀貫之

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かづけども浪のなかにはさぐられで風吹くごとに浮きしづむ玉

今幾日春しなければうぐひすも物はながめて思ふべらなり

我はけさうひにぞ見つる花の色をあだなる物といふべかりけり

小倉山みねたちならし鳴く鹿のへにけん秋を知る人ぞなき

むばたまのわが黒かみやかはるらん鏡のかげにふれる白雪

あしひきの山辺にをれば白雲のいかにせよとかはるる時なき

吉野川いはなみたかく行く水のはやくぞ人を思ひそめこし

世の中はかくこそありけれ吹く風の目に見ぬ人も恋しかりけり

山ざくら霞のまよりほのかにも見てし人こそ恋しかりけれ

あふことは雲ゐはるかに鳴る神の音にききつつ恋ひわたるかな

君こふる涙しなくは唐衣むねのあたりは色もえなまし

世とともに流れてぞゆく涙河冬もこほらぬみなわなりけり

夢路にも露やおくらん夜もすがら通へる袖のひちてかわかぬ

さ月山こずゑをたかみほととぎすなくねそらなる恋もするかな

秋の野に乱れてさける花の色のちぐさに物を思ふころかな

真菰刈る淀の澤水雨ふればつねよりことにまさるわが恋

越えぬまは吉野の山のさくら花人づてにのみききわたるかな

露ならぬ心を花におきそめて風ふくごとに物おもひぞつく

わが恋は知らぬ山路にあらなくに迷ふ心ぞわびしかりける

紅のふりいでつつなく涙には袂のみこそ色まさりけれ

白玉と見えし涙もとしふればからくれなゐにうつろひにけり

津の国の難波のあしのめもはるにしげき我が恋人しるらめや

手もふれで月日へにける白まゆみおきふし夜はいこそねられね

人知れぬ思ひのみこそわびしけれわが嘆きをば我のみぞ知る

忍ぶれど恋しき時はあしひきの山より月のいでてこそくれ