和歌と俳句

藤原定家

堀河院題百首

さならでも袖やはかわく山里のあらしの風のあかつきのこゑ

いかなりし梢なるらむ春日山まつのかはらぬいろを見るにも

小夜深きねざめにそよぐ呉竹やむかしも人の友となりけむ

苔もまたいたづらにてぞ老いにける巌の中も頼みなの世や

芦鶴のこれにつけても音をぞ鳴く吹きたえぬべき和歌の浦

跡もがな尋ねてもみむ名にしおはばいにしへざまにかへる山かと

吉野河岩うつなみもよとともにさぞくだけけむ知る人はなし

宮城野のこの下露にくらべばや雨よりけなる袖のしづくを

人知れぬ歎きは須磨の関よただ我のみ越えて月日へぬれば

朽ちぬとも名は埋もれじあぢきなく跡もながらの橋を見るにも

人やりの道かはあやなわたの原かへる浪にはめのみ立ちつつ

草枕たびよりたびの心地して夢にみやこをほのかにぞ見む

わすれぬる日數をのみや歎かまし契るにかなふ命なりせば

誰にかは見せも聞かせももみぢ葉の散る山里のありあけの月

すこがもる山田のなるこ風吹けば己が夢をやおどろかすらむ

ふりにけるその水茎の跡ごとに人の心を見るぞかなしき

憂き世をば夢のうちにも思ひしれ我ならぬ身の心地やはする

はかなさのたとえと見ゆる稲妻の光もまたは照らしこそすれ

位山ふもとのゆきに埋もれて春のひかりを待つぞひさしき

よろづ世のひかりぞ袖に曇りなきはこやの山の峰の月かげ