和歌と俳句

藤原定家

千五百番歌合

春霞きのふをこぞのしるしとや軒端の山も遠ざかるらむ

春といへば花やはおそき吉野山きえあへぬ雪の霞むあけぼの

山のはに霞ばかりをいそげども春にはなれぬ空の色かな

山里は谷のうぐひすうちはぶき雪よりいづるこぞのふるこゑ

消えなくにまたやみ山を埋むらむ若菜つむ野も淡雪ぞふる

谷風の吹上にさける梅の花あまつ空なる雲やにほはむ

里わかぬ月をば色にまがへつつ四方の嵐に匂ふ梅が枝

春やあらぬ宿をかごとに立ち出づれどいづこもおなじ霞む夜の月

あづまやのこやのかり寝のかやむしろしくしくほさぬ春雨ぞふる

待ちわびぬ心づくしの春がすみ花のいさよふ山のはのそら

桜花さきぬやいまだ白雲のはるかにかをる小初瀬の山

雲のなみ霞のなみにまがへつつ吉野の花のおくを見ぬかな

しるしらぬわかぬ霞のたえまよりあるじあらはに薫る花かな

あかざりし霞の衣たちこめて袖のなかなる花のおもかげ

櫻花うつろふ春をあまたへて身さへふりぬる浅茅生の宿

新古今集
櫻色の庭の春風あともなし訪はばぞ人の雪とだに見む

花の香も風こそよそにさそふらめ心もしらぬふるさとの春

とまらぬは櫻ばかりを色に出でて散りのまよひに暮るる春かな

吉野川たぎつ岩波せきもあへずはやく過ぎ行く花のころかな

けふのみとしひてもをらじ藤の花さきかかる夏の色ならぬかは