墨染の衣を袖に重ぬればめもともにきるものにぞありける
しめしには涙にぬるる藤衣しぼるさへこそ変はらざりけれ
悲しさの涙もともに湧きかへるゆゆしきことをあみてこそくれ
涙をば硯の水にせきれつつ胸をやくとも書く御法かな
明日よりは袖の雫やひまもある涙も今日は果てときかばや
今はとて帰る心はまどへども馬こそ道はたどらざりけれ
たらちねに別れぬる身は唐人のこととふさへもこの世にもはぬ
うぐひすも春まどはして今朝よりは同じとまりにこゑおくるなり
おとにきくかねのみさきはつきもせず泣くこゑひびくわたりなりけり
流れくる程のしづくに琵琶の音をひきあはせても濡るる袖かな
ふきまよふ風もとまらぬあみのめにいかで涙の浮かぶなるらむ
わが袖に苫ひきかけよ舟人よ涙の雨のところせき身ぞ
筑紫舟うらみをつみて戻るには蘆屋にねてもしらねをぞ見る
行き過ぐる心は門司の関屋よりとどめぬさへぞかきみだりける
君こふと抑ふる袖は赤間にて海にしられぬ波ぞ立ちける
立つ波のひく島にすむ海士だにもまだ平らかにありけるものを
鳥のねも涙もよほす心地してうへこそ袖は乾かざりけれ
くちなしのとまりときけば身にしみて言ひもやられぬものをこそおもへ
むろつみやかまどを過ぐる舟なればものをおもひに焦がれてぞゆく
とへかしな沖のしらいし知らずともものおもふねの泣き焦がるるを