和歌と俳句

紀貫之

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あたらしく ある今年をも ももとせの 春のはじめと うぐひすぞ鳴く

わかやどに ありと見ながら 梅の花 あはれとおもふに あくこともなし

野辺なるを 人もなしとて わがやどに みねの白雲も おりやゐるらむ

たちねとや いひややらまし 白雲の 訪ふこともなく やどにゐるらむ

ふるさとを けふ来てみれば あだなれど の色のみ むかしなりけり

いつとなく 桜さけとか をしめども とまらで春の そらにゆくらむ

藤の花 あだに散りなば ときはなる 松にたぐへる かひやなからむ

散りぬとも あだにしも見じ 藤の花 ゆくさきとほく まつに咲ければ

いにしへの ことならずして 三輪の山 越ゆるしるしは 杉にぞありける

あやめ草 ねながきとれば 澤水の 深きこころは しりぬべらなり

ほととぎす こゑききしより あやめ草 かざす皐月と しりにしものを

なぐさめて ひといたに寝む 月影に やまほととぎす なきてゆかなむ

世をうみて わがかすいとは たなばたの 涙のたまの 音やなるらむ

まことかと 見れども見えぬ たなばたは そらに無き名を 立てるなるべし

難波潟 潮みちくれば 山の端に 出づる月さへ 満ちにけるかな

秋の田と 世の中をさへ わがごとく かりにも人は おもふべらなり

群れゐつつ 川辺のたづも 君がため わがおもふことを おもふべらなり

とめきつつ なかずもあるかな わがやどの 萩は鹿にも しられざりけり

おく霜の 染めまがはせる 菊の花 いづれをもとの 色とかは見む

ひねもすに 越えもやられず あしひきの 山の紅葉を 見つつまどへば

もみぢばの 流るるときは 立田川 みなとよりこそ 秋はゆくらめ