飯田蛇笏
春蘭
棲家とづ閑の冬川あきらかに
雪霏々と橇の龕陽すすけむり
新雪に出て橇犬のふる尾かな
林閧フ瀬に吹きよりて浮寝鳥
水づく枝を鴛鴦のすぎつつ底明り
書簡うくことのためらひ日向ぼこ
林閧ノ昏るる橇人前屈み
あをみたる古潭の蕗に衾雪
凍雪の夕かげふみてあるきけり
積雪の牙にうつ浪や犬橇駛す
潰えゆく藁火にひしと寒の闇
極月や桝目のからき小売塩
夜のいとま水盤さむく萬年青活く
昼月に垂り枝のゆれて冬櫻
短日の護送囚人餉につけり
金屏に袈裟ちかぢかと燭もゆる
渓空に夕焼けてつづく川ちどり
冷やかに草ふかく香けむりけり
温泉里よりおくやま藍き遅日かな