和歌と俳句

中村草田男

万緑

揚げ泥も揺るる秋風衝つところ

鳴く音あり蟋蟀くぐり出くぐり入り

茶の花は雄蘂の奢り日は沈む

中学生朝の眼鏡の稲に澄み

冬新た高圧線の銀船線に

机上冬父も欲りしは湧く力

乳母車揺るる林檎を持ちつづけ

うから眠る子等の蒲団はやや低く

冬蒲団妻のかをりは子のかをり

煉瓦塀ただ寒風の想夫恋

手を口にあげては食ふ枯野人

其銀で裘なと得よ和製ユダ

空かけてコンクリートの冬現る

朝寒の撫づれば犬の咽喉ぼとけ

すつくと狐すつくと狐日に並ぶ

冬薔薇石の天使に石の羽根

闇の林檎噛み噛み餓ゑは若々し

妻と其の寒気凛々しきピアノの音

女進む髪の分け目を北風へ対け

めざしの色弟が去りし鉄路の色

街の霧光太郎行に逆流れ

凍て等鉄の燭台アダムの首

亡き夫人智恵子の色絵冬爛漫

音声冴ゆ光太郎ただ進むのみと

神の凧オリオン年の尾の空に