和歌と俳句

西行

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身にもしみ 物あらげなる けしきさへ あはれをせむる 風の音かな

いかでかは 音に心の 澄まざらん 草木もなびく あらしなりけり

松風は いつも常磐に 身にしめど わきてさびしき 夕暮の空

ほど経れば おなじ都の 内だにも おぼつかなさは 問はまほしきを

定めなし 幾年君に 馴れ馴れて 別れを今日は 思ふなるらん

別るとも 馴るる思ひや 重ねまし 過ぎにし方の 今宵なりせば

都にも 旅なる月の 影をこそ おなじ雲井の 空に見るらめ

かしこまる しでに涙の かかるかな 又いつかはと 思ふあはれに

昔見し 野中の清水 かはらねば わが影をもや 思ひいづらん

帰りゆく 人の心を 思ふにも 離れがたきは 都なりけり

柴の庵の しばし都へ 帰らじと 思はんだにも あはれなるべし

草枕 旅なる袖に 置く露を 都の人や 夢に見ゆらん

越え来つる 都隔つる 山さへに はては霞に 消ぬめるかな

わたの原 はるかに波を 隔て来て 都に出でし 月を見るかな

わたの原 波にも月は 隠れけり 都の山を 何いとひけん

山城の 美豆のみ草に つながれて 駒ものうげに 身ゆる旅かな

深き山に 澄みける月を 見ざりせば おもひでもなき わが身ならまし

峰の上も おなじ月こそ 照らすらめ 所がらなる あはれなるべし

月澄めば 谷にぞ雲は 沈むめる 峰ふきはらふ 風にしかれて

姨捨は 信濃ならねど いづくにも 月澄む峰の 名にこそありけれ