和歌と俳句

西行

つぼむよりなべてにも似ぬ花なれば梢にかねて薫る春風

吉野山うれしかりける導べかなさらでは奥の花を見ましや

引き引きに苗代水を分けやらで豊かに流す末を通さむ

遅桜見るべかりける契りあれや花の盛りは過ぎにけれども

秋の野の草の葉ごとにおく露を集めば蓮の池湛ふばし

思ひあれや望の一夜に影を添へて鷲の御山に月の入りける

思ひありて尽きぬ命の憐れみをよそのことにて過ぎにけるかな

夏草の一葉にすがる白露も花の上には溜らざりけり

櫂なくて浮かぶ世もなき身ならまし月の御舟の法なかりせば

深き山に心の月し澄みぬれば鏡に四方の悟りをぞ見る

夏山の木陰だにこそ涼しきを岩の畳の悟りいかにぞ

暗部山かこふ柴屋の内までに心治めぬ所やはある

さまざまに木曾の懸路を伝ひ入りて奥を知りつつ帰る山人

花に載る悟りを四方に散らしてや人の心に香をばしむらん

花の色に心を染めぬこの春やまことの法の実は結ぶべき

蓮咲く水際の波の打出でて説くらん法を心にぞ聞く

重き罪に深き底にぞ沈ままし渡す筏の法なかりせば

西の池に心の花を先立てて忘れず法の教へをぞ待つ

注連懸けて立てたる宿の松に来て春の戸ひらくうぐひすの声

春になればところどころは緑にて雪の波越す末の松山

箱根山梢もまたや冬ならむ二見は松の雪のむら消え

新古今集
尋め来かし盛りなるわが宿を疎きも人は折にこそよれ

雲にまがふ花の盛りを思はせてかつがつ霞むみ吉野の山

待たでただ尋ねを入らむ山桜さてこそ花に思ひ知られめ

春は来て遅くさくらの梢かな雨の脚待つ花にやあるらむ

君来ずは霞にけふも暮れなまし花待ちかぬる物語りせで

漕ぎ出でて高師の山を見わたせばまだ一群も咲かぬ白雲

花と見えて風に折られて散る波の桜貝をば寄するなりけり