和歌と俳句

西行

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名取河 岸のもみぢの 映る影は おなじ錦を 底にさへ敷く

とりわきて 心もしみて 冴えぞわたる 衣河みに きたる今日しも

たぐひなき 思ひ出羽の さくらかな うすくれなゐの 花のにほひは

都近き 小野大原を おもひいづる 柴のけぶりのあはれなるかな

風荒き 柴の庵は 常よりも 寝覚めぞものは かなしかりける

何となく 都の方と 聞く空は むつましくてぞ ながめられける

ほど遠み 通ふ心の ゆくばかり なほ書き流せ 水茎の跡

頼むらん しるべもいさや 一つ世の 別にだにも 惑ふ心は

流れ出る 涙に今日は 沈むとも 浮ばん末を なほ思はなん

新古今集・離別
さりともと なほ逢ふことも 頼むかな 死出の山路を 越えぬ別れは

この春は 君に別れの 惜しきかな 花のゆくゑを 思ひわすれて

昔見し 松は老木に なりにけり わが年経たる ほども知られて

竹の音も 荻吹く風の すくなきに たぐへてきけば やさしかりけり

世々経とも 竹の柱の 一筋に たてたる節は 変らざらなん

あばれたる 草の庵の さびしさは 風よりほかに 訪ふ人ぞなき

あはれなり よもよも知らぬ 野の末に かせぎを友に 馴るるすみかは

山水の いつ出づべしと 思はねば 心ぼそくて すむと知らずや

影薄み 松の絶え間を 洩り来つつ 心ぼそしや 三日月の空

今日もまた 松の風吹く 岡へ行かん 昨日涼みし 友に逢ふやと

さし来つる 窓の入日を あらためて 光をかふる 夕月夜かな