和歌と俳句

西行

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波に敷く もみぢの色を 洗ふゆゑに 錦の島と いふにやあるらん

聞きもせず 束稲山の さくら花 吉野のほかに かかるべしとは

奥になほ 人見ぬ花の 散らぬあれや 尋ねを入らん 山ほととぎす

茅花抜く 北野の茅原 あせゆけば 心すみれぞ おひかはりける

花の折 柏に包む 信濃梨は ひとつなれども ありの実と見ゆ

古りにけり 君が御幸の 鈴の奏は いかなる世にも 絶えず聞えて

浪の打つ 音を皷に まがふれば 入日の影の 打ちて揺らるる

山里の 人も梢の 松が末に あはれに来ゐる ほととぎすかな

並べける 心はわれか ほととぎす 君待ちえたる 宵の枕に

腹赤釣る 大わたさきの うけ縄に 心かけつつ 過ぎんとぞ思ふ

磯菜摘みて 波かけられて 過ぎにける 鰐の棲みける 大磯の根を

吉野山 花の散りにし 木の本に とめし心は われを待つらん

吉野山 高嶺の桜 咲きそめば 懸からんものか 花の薄雲

人はみな 吉野の山へ いりぬめり 都の花に われはとまらん

尋ねいる 人には見せじ 山桜 われとを花に 逢はんと思へば

山桜 咲きぬと聞きて 見に行かん 人を争ふ 心とどめて

山桜 ほどなく見ゆる にほひかな 盛りを人に 待たれ待たれて

花の雪の 庭に積るに 跡付けじ 門なき宿と 言ひ散らさせて

ながめつる 朝の雨の 庭の面に 花の雪敷く 春の夕暮

吉野山 ふもとの滝に 流す花や 峰に積りし 雪の下水

根に帰る 花を送りて 吉野山 夏の境に いりていでぬる