和歌と俳句

西行

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いざさらば 盛り思ふも ほどもあらじ 藐姑射が峰の 花にむつれし

山深く 心はかねて 送りてき 身こそ憂き世を 出やらねども

月にいかで 昔のことを 語らせて 影に添ひつつ 立も離れじ

憂き世とし 思はでも身の 過ぎにける 月の影にも なづさはりつつ

雲につきて うかれのみゆく 心をば 山に懸けてを 止めんとぞ思ふ

捨ててのちは まぎれし方は 覚えぬを 心のみをば 世にあらせける

塵つかで ゆがめる道を 直くなして ゆくゆく人を 世に仕へばや

等しまんと 思ひも見えぬ 世にあれば 末にさこそは 大幣の空

深き山は 苔むす岩を 畳みあげて 古りにし方を 納めたるかな

古りにける 心こそなほ あはれなれ 及ばぬ身にも 世を思はする

はかなしな 千歳思ひし 昔をも 夢の内にて 過にける代は

ささがにの 糸に貫く 露の玉を 懸けて飾れる 世にこそありけれ

うつつをも うつつとさらに 思へねば 夢をも夢と 何か思はん

さらぬことも 跡形なきを わきてなど 露をあだにも 言ひもおきけん

灯火の かかげ力も なくなりて とまる光を まつわが身かな

水干たる 池にうるほふ しただりを 命に頼む 色くづや誰

水際近く 引き寄せらるる 大網に 幾瀬の物の 命籠れり

うらうらと 死なんずるなと 思ひ解けば 心のやがて さぞと答ゆる

言ひ捨てて 後のゆくゑを 思ひいでば さてさはいかに 浦島の箱

世の中に なくなる人を 聞くたびに 思ひは知るを 愚かなる身に