和歌と俳句

源 実朝

やまざくらあだにちりにし花のえにゆふべの雨の露の残れる

春ふかみあらしの山のさくらばなさくと見しまに散りにけるかな

ゆきて見むと思しほどに散りにけりあやなの花や風たたぬまに

さくら花さくと見しまに散りにけり夢か現か春のやま風

さくらばなちりかひかすむ春のよのおぼろ月夜の加茂の川風

ゆく水に風ふきいるるさくらばな流れて消えぬあはかともみゆ

山ざくらきぎのこずゑにみしものを岩間の水のあはとなりぬる

やまかぜのかすみふきまきちる花のみだれてみゆる志賀の浦波

ささなみや志賀のみやこの花盛り風よりさきにとはましものを

散りぬればとふ人もなしふるさとは花ぞ昔の主なりける

今年さへとはれでくれぬさくらばな春もむなしき名にこそありけれ

心うき風にもあるかなさくらばなさくほどもなく散りぬべらなる

さくらばなさきてむなしく散りにけり吉野の山はただ春の風

さくらばなさける山路やとをからむすぎがてにのみ春の暮れぬる

春ふかみ花ちりかかる山の井のふるき清水にかはづなくなり

山吹の花のしづくに袖ぬれて昔おぼゆる玉川の里

山吹の花の盛りになりぬれば井手の渡りにゆかぬ日ぞなき

わが宿の八重の山吹つゆを重みうちはらふ袖のそぼちぬるかな

春雨のつゆのやどりをふく風にこぼれてにほふ山吹の花

いまいくか春しなければ春雨にぬるともおらむ山吹の花