真菅生ふる荒田に水をまかすればうれしがほにも鳴く蛙かな
水湛ふ入江の真菰刈りかねて空手にすぐる五月雨のころ
ほととぎす谷のまにまにおとづれてさびしかりける峰つづきかな
人聞かぬ深き山路のほととぎす鳴く音もいかにさびしかるらん
しのにおるあたりもすずし川やしろ榊にかかる波の白木綿
楸おひてすずめとなれる陰なれや波打つ岸に風わたりつつ
霜うづむ葎が下のきりぎりすあるかなきかの聲きこゆなり
新古今集・冬
小倉山ふもとの里に木の葉散れば梢に晴るる月を見るかな
吉野山ふもとに降らぬ雪ならば花かと見てや尋ね入らまし
風さえて寄すればやがて氷つつかへる波なき志賀の唐崎
新古今集・秋
おしなべて物を思はぬ人にさへ心をつくる秋の初風
新古今集・雑歌
誰住みてあはれ知るらむ山里の雨降りすさむ夕暮の空
わが心さこそ都にうとくならめ里のあまりに長居してけり
程経ればおなじ都の内だにもおぼつかなさは問はまほしきを
時雨かは山めぐりする心かないつまでとのみうちをほれつつ
わがやどは山のあなたにあるものを何と憂き世を知らぬ心ぞ
新古今集・雑歌
年月をいかで我が身に送りけむ昨日見し人今日はなき世に
新古今集・冬
昔思ふ庭にうき木をつみおきて見し世にも似ぬ年の暮かな
新古今集・雑歌
待たれつる入相の鐘の音すなり明日もやあらば聞かむとすらん
新古今集・雑歌
何事にともる心のありければさらにしもまた世の厭はしき