和歌と俳句

飯田蛇笏

家郷の霧

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秋風やおのれに近き月の貌

高原の月に夜雲の真つ平

由比ヶ濱古濤聲にわたる

秋冷のまなじりにあるみだれ髪

冷やかに大富士形をたもつのみ

無花果に日輪青き兒の戯び

流燈をしたひて沖の船にあり

秋耕す尼に寂光噴火湾

またがりて野に追ふ牛に帰燕かな

原爆忌人は孤ならず地に祈る

深山の日のたはむるる秋の空

命終ふものに詩もなく冬来る

鐘が鳴る除夜の後悔なにもなし

現実の相を真冬の水かがみ

墓の前月日ながれて寒詣

やまぐにの河に鳶舞ふ冬日和

寒波きぬ信濃へつづく山河澄み

山中の巌うるほひて初しぐれ

冬ぬくく富士に鳶啼く山中湖

冬の閑ボタン一つのおつるにも

月光のしみる家郷の冬の霧

白樺を透く夕光に冬の嶽

銀座裏まひたつ湯気に夜の雪

雲のまに新雪きそふ嶺三つ

雪山の幾襞遠く曇りなし