和歌と俳句

飯田蛇笏

家郷の霧

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久遠寺の夜をさしまねくの鐘

雪の果征旅の二兒は記憶のみ

初霜や人馬に消ゆる谷の径

亡き母に子に極寒の香けむり

高台に林梢遠み年新た

月夜にてわが影仄か飾りの扉

山中の雪の玉屋かがみ餅

歳々や湯気になごみて竈飾り

善鄰の意にかかはらず手鞠唄

冴返る深山住ひの四方の色

桟道の蘭に斜陽や雪のこる

春の虹世紀のゆめのかなたにて

砲音の樹海をわたる雪解富士

山川の傍の春耕日もすがら

夜の野路人とまぎらふ春嵐

空を索てすゑひろがりに春の川

深山の春めくいろに月の雲

春の城街に浮浪はゆるされず

春の霜日りんにみるおもてうら

風光る喬樹のそよぎ一枝づつ

一つ温泉に四方の白雲山ざくら

聖鐘にカラタチ夜情花ほのか

花咲きて照り葉のかすむ紅椿

山寺をちかみの藪の紅つばき

竹山に花ざかりなる紅椿

濤ごゑも鴎も河口の春暮るる