和歌と俳句

長谷川素逝

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かをりやんに大陸の雨そそぐなり

大陸の雨かをりやんの葉を流れ

戦場は沼のごとくに雨季に入る

雨季泥濘戦禍に追はれゆくものに

雨季泥濘砲車の車輪肩で繰る

雨季泥濘埋もる敵屍を車輪にかけ

おくれつつかをりやんの中に下痢する兵

脚気患者雨季のいくさを敢てゆく

たばこ欲りあまきもの欲り雨季ながし

雨さむし軍旗は覆とらず立つ

さむく痛く腹をぬらして雨やまず

雨季のあと家畜をたふす酷熱来

酷熱のおのが砂塵のなかをゆく

ぎじぎじと熱砂は口をねばらする

かをりやんの影濃ゆしその土ひび割れ

水なければ行きつつかをりやんの葉を噛みぬ

胸に掌に歩兵はあごの汗おとす

汗の目はかがやき黄塵の頬はとがり

目にはひる汗はこぶしでぬぐふのみ

われ暑ければかたきも暑し暑にはまけじ

かをりやんの中を黄河の水奔り

氾濫の黄河の民の粟しづむ

空は旱氾濫の黄河野をひかず

かをりやんがたかくて歩哨さまたぐる

城外の四囲のかをりやんを刈らしむる

夜も暑くねられずと壁に穴あくる

土の家なればむしあつくさそり棲む

暑にも耐へよ君は不死身と師より給ふ

夏に弱き妻なりき妻への手紙に書く

酷熱にまけぬわれなりき無事と書く

暑しと書き たつきはくるしからずやと書く

疫病は雨季の汚物とともに来ぬ

日々死にて土民コレラを知らず怖づ

コレラ怖ぢ土民コレラの汚物と住む

野に捨てしコレラにからす群れ駆くる

城門の出で入り厳にコレラ入れじと

月の巡邏ま夜の魍魎地にあふれ

たたくわれに月の大扉はひたと閉づ

てつかぶと月にひかると歩哨に言ふ

匪襲あり月が地平に落ちしとき

かをりやんの高ければ村を匪をかくす

討伐はかをりやんのなかをわけてゆく

かをりやんの中よりわれをねらひしたま

かをりやんの中よりひかれ来し漢

てむかひしゆゑ炎天に撲ちたふされ

汗と泥にまみれ敵意の目を伏せず

月あかるければ歩哨にさとられな

月は空より修羅のいくさをひるのごと

秋の日は病衣にあはしとぞおもふ

ゆふやけのさめつつおもひはろかなる

月に佇つ白き病衣の肩ほそく

秋白く足切断とわらへりき

明日は発つこころ落葉を手に拾ふ

病院船酷熱看護婦らめまひ

夜は暑く看護婦をよぶ声あちこち