和歌と俳句

長谷川素逝

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春聯やいくさは遠く山に去り

いくさややひまに氷を割りて釣る

日が永くなりしとおもふ丘の影

春なれや戎衣のよごれ目にはたつ

麦の芽や黄河は遠く目に消ゆる

野はたのし芽麦のみどりあはけれど

おぼろめくしづかなしづかな枝の空

麦の芽とおぼろの暈をもつ月と

おぼろめく月よ兵らに妻子あり

思ひあまたいくさする身のおぼろ夜

匪ら棲むと李花咲く村をとりかこむ

李花咲いて平和な村のすがたなれど

おぼろ夜のいくさのあとのしかばねよ

麦の芽をしとねと君がかばねおく

おぼろ夜のはふり火に立つわれ隊長

おぼろ夜の頬をひきつらせ泣かじ男

むし暑く馬のにほひの貨車でゆく

かをりやんの上ゆく貨車の屋根にも兵

大兵を送り来りし貨車灼けてならぶ

かげろふにうかび地平を縦隊が

うれしまま戦禍の麦のくたるなり

麦の穂にたふれしづみしが起きて駈く

向日葵畑ぶすとたま来て土けむり

地図の上に汗を落して命令聞く

おほ君のみ楯と月によこたはる

けふもまた穂麦のなかに砲を据う

空は朝焼け砲兵陣地射角そろひ

輜重らの汗砲弾の箱を割る

もりもりと裸身砲弾をいだき運ぶ

砲車はをどり砲手は汗を地におとし

炎熱の山のとりでをよぢて攻む

炎熱のいただきたまが四方より来

すべる砲車を裸身ささぬる汗を見よ

石ころとあか土と灼け弾痕焦げ

汗に饐えし千人針を彼捨てず

彼を負ひ彼の汗の手前に垂れ

汗は目に傷兵の銃と二つ負ひ

血を止めんと軍医は汗を地におとす

横たはり酷暑の血しほかわく胸

かをりやんの葉もて担架の顔を覆ふ

月落ちぬ傷兵いのち終りしとき

風あつくいくさのにはの夜を吹く