潮かすむ紀伊路の椿落つるはや
磯椿雪の家居の妻はとほし
椿落つ磯路におもふ吾子さむし
豆咲ける浦にふる雪すぐやみぬ
岬浜の日向たんぽゝしかと咲けり
鶯の岬山なだれ礁となる
岬山の岩山鶯かくれなき
麦穂立つ土より抽んで葉より抽き
麦穂立つ茎立ひしと日に泛けり
麦穂立ち日をいつぱいに葉を張れり
麦の穂の伸びきり穂首反りかへり
麦の穂のゆれたわまざり日をはぢき
梅雨昏く陰影なき庭に蟇を見ぬ
蟇ぬつと肘張り土の色にゐる
ひかりなき雨に蟇の掌ゆさと伸ぶ
蟇喉をぶよぶよ鳴らし雨にうたる
蟇鳴きぬわが胃のおもく蟇鳴きぬ
蟇鳴けば梅雨の真昼の饐え臭き
ゆさとゆく蟇の目われを見かへすか
梅雨昏しかくれし蟇の目のひかり
うねりくる波のおもたく海月揺れ
潮をあふりあふり海月の透きとほり
波こゆる海月頭を沖へおきへ
向日葵のむかふ朝空雲わけり
向日葵のみな日を占むる位置に咲けり
向日葵の真昼いさゝか動く雲
向日葵の光輪あつき風を吐けり
章魚を突く礁海底に揺れあへる
章魚突の潜けり肢体あをくゆれ
章魚突の潜ける上を河豚がゆく
章魚突の黒藻をぬけて浮きあがり
突きし章魚波に躍らせ且つ搏てる
波にゐる月をしたがへ出帆す
白菊のけぢめたしかに重れる
白菊のおのおのひかり寄り咲ける
白菊のひくきひとつが面と向ける
白菊のひとつかたむく豊かさよ
白菊にふるひかり見ゆ黄のひかり
暁さむく濯場ほどの波戸に着く
冬芒はてしなければ寝を欲りぬ
熟柿なほ見かへる枝にあらはなる
土間暗くしぐれに獲たる鮠のひかり
鮠を焼くいぶせき炉べの人となる
寒垢離の印呪の巨き掌がしろき
寒垢離の目いからし踏む氷柱
寒垢離の滝の飛沫にあな消たり
寒垢離の誦経氷柱の谿に冴ゆ
寒垢離に滝団々とひかり墜つ
滝垢離の冱てゆく肩が息づける
寒垢離の一念滝は淙々たり
滝垢離の念々凍り磐にしづむ
寒垢離の滝に金剛みぢろがず