和歌と俳句

山口草堂

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河骨のけぶりて遠き林泉の雨

さみだれの林泉ひろければ人は佇てり

遊船の櫂れきれきと漕ぎそろふ

日覆鳴り船は荒瀬を追ひ落す

遊船の舳のかはしたる巌襖

前梶の棹ふりたわむ青あらし

遊船の荒瀬うちうつ櫂みじか

採集燈青し密林の闇うごき

採集燈しんしんと青き樹下に置く

燈を搏ちて大蛾へうへうと闇に帰す

掌の青蛾はたはたと真葛葉をかへす

採集燈蛾族は灰のごと散れり

甲虫と樹幹つめたく濡れゐたる

採集燈樹々密林の闇を曳けり

露涼し草原帯は径ひとすぢ

山毛欅の径熔岩あらはれて已に暑し

密林の青き真昼の蛾に縋られ

喬木帯ゆけば夏天の鳴りいづる

死火山のからびし熔岩に汗したゝり

片陰のふかき岩なり背に憩ふ

雲の峰死火山の膚崩れたり

熔岩灼くるしづけさ天に日は駐り

瘠尾根は夏天を四方にし陰もあらぬ

炎天のヒュッテは昏き窓もてり

扉を押せば牛酪の香のあり昼寝どき

昼寝ざめ死火山黄なる膚を曝す

灌木に夏ゆふ雲のしづむ窓

霧の航サロンの青樹つややかに

霧の航機関くはしく動く見られ

霧の航船厨青き火を燃やす

霧の航船欄しろく霧にごり

塑像さむし硬き靴音ちかづける

塑像室さむし守衛の目を憎む

ひとつ鳴らぬ鍵盤の冷たさ弟は征きし

弟は征き母には暖炉のまどゐあり

征きし弟に母は胴着を縫ひて着るぬ/p>