和歌と俳句

山口草堂

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紫陽花の門が霧吐き夜明けたり

朝霧のながれ開放廊下なり

霧の廊なほ跫音なくベル鳴れり

霧をゆき化粧室潺々のひゞきあり

朝焼の玻璃戸燦々としづくせり

颱風の夜の湯湛へて塵もなき

湯はあふれ玻璃戸颱風を隔てたる

颱風の夜の湯しんしんと四肢透けり

滾々と湯は湧き颱風宙をゆける

颱風の夜の廊おのが跫音あり

颱風の夜にして四肢の湯のにほひ

雪ふれる朝は浴場のかはきゐる

雪ふれり湯は沸々と地より湧けり

ふる雪を見つゝ湯ごもりゐる鼓動

雪の朝の湯に四肢ゆるぶ血のめぐり

雪の朝の湯を出てはづみ踏むタイル

日の障子脚なき木々の影がある

障子開け微塵のひかり掌に掬ふ

飄々と北吹けり玻璃戸曇りなき

水薬は黄なり風邪の掌黄に汚れ

枯園を風吹きとほり遠く疾く

壺の絵の魚よりひくゝ寝て咳きぬ

碧天にひかり枯枝ひしひしと

煖房の昇降機は赤く塗られたる

スチームの音絨毯の朱き廊に

煖房の椅子ふかぶかと並びたる

白燈の団欒の窓に北吹けり

園枯れぬ風波川をさかのぼり

石階のしろきにあそび咳く子あり

音楽堂枯木の風の音めぐり

噴水は涸れ雲翳につゝまるゝ

枯園は車馬ひかる橋を空にせり

炭舟の河に泊てんとして流れ

炭舟の泊てゝ水流あきらけく

炭舟の波ひたひたの灯をともす

浚渫船寒潮けむる火をこぼす

起重機の冬日濃きもの掴みゆけり

雪明り古駅の時計五時を打つ

雪原の夜は灯ともる駅にのみ

雪原の夜汽車見えきて駅暗き

修羅落雪の群山照りかげる

修羅落す雪嶺は雲を抜き照れり

修羅落す雪嶺迫りて瀬の青き

修羅落雪嶺の雲を鳴り出たり

修羅落雪を捲きあげ躍り墜つ

修羅落す谺を追ふて雪崩れたり

修羅落雪の衆山鳴り応ふ

河原湯へ馬橇はげまし駆り落す

雪晴れの河原湯の紺匂ふなり

雪晴れに湯ごもり肌の碧きまで

橇馬の鼻のもゝいろ湯を覗く

灯のいろの湯けむり廊に洩る春夜

玻璃ごとに湯の映り灯の春の闇

粉黛の香あり春夜の湯にひとり

湯の階を踏みぬらしたる春夜なり