ふるさとのまたふる年に春立てば春日の山ぞまづ霞みける
春日野に生ふる子の日の松はみな千代をそへつつ神や引くらむ
葛城やつくりさしける岩橋も春の霞は立ち渡りけり
年を経てあはれとぞきく鶯の宿をもわかず春を告ぐなり
若菜には數ならねども春日野に多くも年をつみてけるかな
吉野山ふもとは霞たなびけどまだ雪ふかし岩のかげみち
まどのうちに軒端の梅の香をみでて真木の板戸もささぬころかな
浅緑さほのかはべの玉柳つりをたれけむ糸かとぞみる
いにしへを思ひこそやれ山ふかみ二人をりける春の早蕨
これぞこの奈良のみやこの花盛りこり重なりて匂ふしらくも
春雨は訪ひくる人もあとたえぬ柳のかどの軒のいとみづ
ふるさとのみかきが原のはなれ駒さこそのかひの荒れて見ゆらむ
なにとなく思ひぞ送る帰る雁ことづてやらむ人はなけれど
老いの身を厭はぬ人は片山にめづらしくなく呼子鳥かな
しめはふる苗代掻きのけしきまで植ゑむ田のものほどぞ知らるる
いにしへのまがきの野邊のつぼすみれ昔こひてや露けかるらむ
むらさきの色はふかきを杜若あささは小野にいかで咲くらむ
藤のはなうぢのもろびと見しときも雲の衣を連ねしをはや
駒とめてなほみつかはむ山吹の花の露そふゐでのたまがは
年を経て春の惜しさはまされども老いの月日ははやくもあるかな