春やたつ雪げのくもはまきもくの檜原に霞みたなびきにけり
あはれにぞ春をしりける雪のうちに涙こほれる鶯のこゑ
春はまづ霞たちぬるけしきより吉野の花は見えけるものを
昔きくゆゑにはあらで摘む芹も御垣の原は袖ぬらしけり
新勅撰集
梅が香も身にしむころは昔にて人こそあらね春の夜の月
またも来む秋の頼むの雁がねも帰るは惜しきみ吉野の春
よしのやま花のさかりや今日ならむ空さへにほふ峯のしらくも
春の雪に吉野の山は埋もれて麓ぞ花の風かをりける
あはれなり吉野の山の櫻こそ憂き身の春に逢ふにはありけれ
うらやまし四方の山邊の花ならぬ浅茅が庭も菫さきけり
かげうつす井出のたまがは底すみて八重に八重そふ山吹の花
暮れぬべししひても折らむ藤のはな雨そぼ降れば春の尽くる日
花の色を思ひ出づれば墨染めのかへぬ袂も露かかりけり
卯の花を手折らば苔の袖のうへに月をやどせる心地こそすれ
にほひくる花たちばなの袖の香に涙つゆけきうたたねのゆめ
はやもなけいはたのもりのほととぎす心おそくは手向けせざりつ
なにとなく涙ぞ落つるむらさめの夕べの雲に鳴くほととぎす
思ひやる方なくものの悲しきはひとりながむる五月雨の空
泉川ははそのかげに涼みきて秋もまだきの袖の露かな
けふよりは秋のこゑぞときかすなり野守の鐘のあかつきのそら
秋をあさみまだ色づかぬ桐の葉に風ぞすずしき暮れかかる程
うゑおきし萩のさかりを見つるかな思ふにかなふ事もありけり
秋の野よいかに心を分けよとて千草の花に鹿のなくらむ
なにか今は草葉の露も惜しむべきさのみもいかが秋を過ぐさむ
秋はこれいかなるときぞ我ならぬ野原の蟲も露に鳴くなり