わけきつる袖のしづくか鳥部野のなくなく返る道芝のつゆ
新古今集・哀傷
うき世にはいまは嵐の山風にこれやなれゆくはじめなるらむ
くさの庵に心はとめついつかまたやがてわが身も住まむとすらむ
思ひやれ春のひかりも照らしこぬみ山の里の雪のふかきを
忘れじよ忘るなとだに言ひてまし雲ゐの月の心ありせば
めづらしき日影をみても思はずや霜枯れはつる草のゆかりを
かずならぬ名をのみとこそ思ひしかかかる跡さへ世にや残らん
雲井よりなれし山路をいまさらに霞へだててなげく春かな
きみなくはいかにしてかははるけましいにしへいまのおぼつかなさを
ちよまでも匂はうやどの菊なればこころながくを人も来てみよ
おりにつけあはれをそふる山里はゆき降るままを思ひをこせよ
はなの春もみぢの秋にあらぬまもただには見えぬ木のもとぞこれ
冬の池に影をとめても澄まばこそ月にしみける心とも見め
うれしくも池のかがみをみがきをきて人の心のほどをみるかな
よとともに見馴れぞせまし水鳥の立つ空もなき宿と思はば
みる人のこころに常にすみぬれば入るときもなし山の端の月
いにしへの雲井の月はそれながらやどりし水のかげぞ変れる
のぼりにし夜はの煙のかなしきは雲のうへさへ変るなりけり
なべてよの色とはみれど藤袴分きて露けき宿にもあるかな
をくれゐて思ひやるこそかなしけれ高野の山の今日のみゆきを
かなしさのなほさめがたきこころにはいひあわせても夢かとぞおもふ
墨染にあらぬ袖だにかはるなり深き涙のほどをしらなん
墨染の袖をつらねてなぐさめし日かずにさへも別れぬるかな
世を捨てて入りにし道の言の葉ぞあはれも深き色はみえける