こちかぜに なびく柳の 糸みれば となりより来る 春かとぞ思ふ
春雨の こころ細さを 青柳の 糸とも枝に かけてみすらむ
見渡せば 波のあやおる 池水を 縫ひこめてけり 青柳の糸
こずゑ吹く 風もや水に やどるらむ 底になみよる 青柳の糸
波かくる たつた川原の ふし柳 こずゑは底の 玉藻なりけり
うるはしき みよのしるしか 吹く風に かたよりもせぬ 青柳の糸
さくら咲く 山辺を過ぐる 雁がねは 越の白根を 越えぬとや思ふ
散りかかる 越路の雪に めなれてや 花を見すてて 帰る雁がね
こぞの秋の かへりごとをば 雁がねの やがておのれぞ かきつらねける
詞花集・春
真菰草 つのぐみわたる 澤邊には つながぬ駒も はなれざりけり
浅茅生と 庭こそならめ 主もなき 駒さへあれて 見ゆるやどかな
放ちつる たなれの駒も 見ぞ分かぬ とほさと小野の 春の夕暮
あやにくに 春を知らする 梅が枝に なほふる年と 見する白雪
すみれつむ 野をなつかしみ 寝たる夜は わがためすめる 月かとぞみる
春の野に 咲きすさびたる つぼすみれ 摘みみ摘まずみ けふも暮しつ
すみれ草 摘み暮しつる 春の野に 家路をしふる 夕づくよかな
すめらきの いただきまつる 春日山 けふは去る日と 神も知るらむ
杉の葉は 霞にこめて 見えずとも 祈るしるしは いなり隠れじ
雲雀あがる 春の野もせに をとめ子が 袖をかかくと 摘むは何ぞも
わが植ゑぬ ふるえの花を まつだにも 春はこずゑに めかれやはする