和歌と俳句

飯田蛇笏

家郷の霧

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月色の夜にみれんある夏山路

まのあたり嶽しづもりて梅雨の雲

こくげんをたがへず夜々の青葉木菟

みじか夜の夢をまだ追ふ浪まくら

清流を乱射す斜陽青胡桃

白浴衣身の嵩うすくなりにけり

梅雨の供花命やうやく遠ざかる

短夜の一身棺にをさまりて

秋の雪北嶽たかくなりにけり

山吹の落葉し盡す露の川

久遠寺の奥の霜晴れ常山木照る

露晴れの爆発したる如き瑠璃

冷やかに山嶽挙げてわびごころ

秋山に野路のとどまる墳どころ

秋山に呼ぶは童子か老い鴉

お舎利みゆこだまをかへす秋の嶽

暮れ空に溜井の光り秋燕

ひぐらしに無明の星をむかへけり

卓の灯に月さす林檎紅鮮た

冬溪をこゆる兎に山の月

月明をおどろくねざめ年暮るる

年暮るる野に忘られしもの満てり

われ泣くもいとしむこともの闇

寒の月白炎曳いて山をいづ

逝くものは逝き冬空のます鏡