和歌と俳句

飯田蛇笏

家郷の霧

前のページ<< >>次のページ

山棲みの畳青しも寝正月

八方の嶽しづまりて

初富士に歳月つもる雪中廬

高原の年を新たに嶽を前

鐵塔も日も寒明の野の力

雪解する無閧フ谷に駒嶽の壁

芽木を透く谷川煽ち流れけり

春光の中に地の愛みなぎりて

春ふかむ大嶺孤つに雲の鳶

むれは春ゆくヨットの帆

したたるとおもへばきゆる春の露

日の下に春の遅々たる地のねむり

花咲ける豌豆の葉に露の玉

とまるより妖しき光りつばくらめ

風光る海の二階のかもめどり

山ふかくあふるる泉櫻ちる

を瞰ていこへばここに暮の春

金華山囀りもなく塔かすむ

まなじりに比良の雪光暮の春

日りんのかすむ光りを浪にのみ

島々の花をなごりに瀬戸の潮

藤褪せし灯ともし頃の夕嵐

城内のなにか明るく暮の春

旅ここに寂光院は春の寂び

月てらす日の没るなべに比叡の春

翠黛をながむる犬に遅櫻