和歌と俳句

中村草田男

長子

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放課後のオルガン鳴りて火の恋し

書を読むや冷たき鍵を文鎮に

縁談や巷に風邪の猛りつつ

寒月下灯の濁りたる電車行く

別れ路や冬ぬくければ雨後の月

街道や時雨いづかたよりとなく

時雨るるや好いた同士の同じ顔

時雨るるや烏賊より出づるトビカラス

あたたかき十一月もすみにけり

凍鶴や等しく書かぬ文の敵

年木売櫺子に馬をつなぎけり

歳晩や火の粉豊かの汽車煙

水甕に水も充てけり除夜の鐘

降る雪や明治は遠くなりにけり

莨の火降る雪中に点きにけり

たたみたる傘はすこしの雪まじり

我汽車にあふられたりし雪の傘

藪の中雪は敷かれてありしかな

雪解けて茨の露となりにけり

雪の原灯影もことに片ほとり

石に無く岩には雪の残りたる

独り児を雪女郎より護りけり