蝸牛やどこかに人の話し声
暮れてゆく巣を張る蜘の仰向きに
雷の音ひと夜遠くをわたりをり
五月野の露は一樹の下にあり
暑き日の仔犬の舌の薄きこと
蝋燭を這ひ上りゆく火とり虫
通る時落ちしことなく桐の花
虹しばしば出でたる蝦夷の夏の旅
手の薔薇に蜂来れば我王の如し
蜥蜴の尾銅鉄光りや誕生日
我鬼忌は又我誕生日菓子を食ふ
百日紅乙女の一身またたく間に
乙女の愚をんなと歎く避暑の宿
海鳴りや落ちてゐるなる蟹の爪
六月の氷菓一盞の別れかな
香水の香ぞ鉄壁をなせりける
蚊の声のひそかなるとき悔いにけり
蚊帳越しの電燈の玉見て居りぬ
思ひ出の日な近づきそ今年竹
思ひ出も金魚の水も蒼を帯びぬ
百日紅ラヂオのほかに声もなし
口なしの花はや文の褪せるごと
東海の岸や貝殻あらあらし
向日葵や極目要塞地帯なり