和歌と俳句

飯田蛇笏

家郷の霧

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山ふかむほどに日鮮か夏来る

高台に高嶺のはだへ夏迎ふ

夏来れば夏をちからにホ句の鬼

夏に入る喬樹の太枝見えにけり

懐紙もてバイブルのぬぐふとは

身もて蔽ふ咳く幼兒に梅雨

夏風邪に臥せば亡兒のゆめまくら

涼台にくらやみは艶蚊遣香

ねざめたるはだへひややか蚊帳の闇

花桐に近山ひろく溪向ひ

青林檎むくや慈悲心なき手もて

胡桃樹下早瀬のほたるよどみては

みのりそむ茄子のひろ葉こむらさき

古蔵の香を忘れ去る日の盛り

黄落のまひるかそけき鳶の舞ひ

秋晩く雲に紅さす巽空

詣でたる墓前の妻の草がくり

地に生きて人を忘るる露の秋

遠澄みに露雲を敷く駒嶽の嶮

田園のくらし素直に水澄めり

雪を被て富士は迥かにいわし雲

山々の近むとみしや露しぐれ

新月のはやき光りに添水鳴る

巌ともにわが影寂ととんぼ見る

頬を掌におきてしんじつの夜